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東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)49号 判決 1973年5月17日

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、有限会社中央地建産業(ただし、広告等では株式会社と称していた)の代表取締役として、建売住宅の建築・販売・注文建築の発注者のための建築資金調達手続の代行などの業務に従事していた当時の昭和四五年五月三一日ころ、本多信行から埼玉県比企郡吉見村地内に木造二階建アパート一棟の建築の注文を受け、その際本多に資金がないので、右中央地建産業が本多から担保物件(不動産)の書類を預かり、本多を代理して信用金庫以上の正規の金融機関から、右物件を担保に供して建築代金にあてる金銭を借り入れ、本多はその借金を分割払いで返済して行く契約をし、右担保物件とする趣旨で、本多所有の右同村大字北吉見字九耕地所在の宅地一三四・二五平方メートル、および右同村大字南吉見字狸山所在の宅地二六・八二平方メートル(時価合計約一〇〇万円相当)の登記済権利証各一通、本多名義の白紙委任状二通、本多の印鑑証明書二通など、右宅地の権利関係の登記に必要な書類を本多から受けとり、以後これを同人のために前記用途にのみ使用する趣旨で預かり保管していたところ、

昭和四五年七月上旬ころ、右中央地建産業の負債支払いの資金に窮したことから、東京都千代田区神田紺屋町三二番地、寿屋ビル内の金融業三友商会こと金良洙方において、同人から右中央地建産業のための資金一〇〇万円を借り受けるにあたり、その担保として、ほしいままに前記宅地二筆の権利証等の書類を右金良洙に交付し、もつてこれを横領し、

第二、その後、有限会社藤金建材を被告人が事実上経営していた当時の昭和四六年七月二日ころ、金融業を営む株式会社若林商事の代表取締役若林久治に、「株式会社千葉銀行上野支店に藤金建材名義で二〇〇万円の定期預金をすれば、藤金建材が同銀行から五〇〇万円の融資を受けられるから、その金を出してもらいたい。そうすれば、定期預金証書とこれに使用した印鑑は若林商事の方に交付し、右預金を他に流用しないようにする。」旨申し入れ、右若林の承諾を得て現金二〇〇万円を借り受け、同日実際に藤金建材(代表取締役後藤金平)名義で二〇〇万円の定期預金をし、その預金証書は若林商事の方に交付したが、預金に使用した印鑑は自己において保有し、若林商事には別の印鑑を交付していたところ、右のように二〇〇万円は銀行から融資を受けるための種銭として定期預金にするために貸し付けられ、その預金証書は右貸金の弁済を確保するため、若林商事に交付されたのであるから、被告人としてはその約旨に従い、右貸金の弁済があるまでは、若林商事のために右定期預金債権を担保として確保すべき義務を負担していたわけである。

しかるに被告人は、同月一二日ころ、前記融資の話が実現せず、右藤金建材の資金ぐりに窮したことから、その資金にあてるため、かつ若林商事に損害を与えることを知りながら右任務に背き、東京都台東区上野五丁目二六番一一号所在の前記千葉銀行上野支店において、前記預金証書を紛失した旨申告し、届出印鑑を使用して右定期預金の解約を申し入れ、これに応じた同店係員から右定期預金の解約、払い戻しを受け、よつて若林商事の被告人に対する前記貸金債権の担保を喪失させ、同会社に財産上の損害を与えたものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人、弁護人の主張について)

被告人と弁護人は、第一の業務上横領の事件につき、最初は判示認定のような契約で、本多信行から中央地建産業に土地の権利証等が交付されたが、後で右物件は担保価値に乏しいことがわかり、本多名義で金融機関からの融資は受けられなくなつたので、本件工事は全額中央地建産業の立替工事となること、そのため本多提供の物件は、右会社の所要資金調達のための担保に供されることに契約が変更されたもので、被告人の右物件の処分行為は本多の諒解を得ていたものである旨主張している。しかし、《証拠》によると、右のように後で契約が変更された事実はなく、本多の物件の書類は判示認定のとおり、正規の金融機関に本多の建築代金資金調達のために担保に提供することを、中央地建産業が代行する約束で交付されたままであつたことが認められ、被告人は捜査段階ではそのことを認めて争わなかつたのに、公判段階において右変更の件を主張し、供述もしているのであるが、右《証拠》と対比し、とうてい信用し難い。その他、《証拠》を総合すれば、判示第一の事実はこれを認定するに十分であるから、右被告人、弁護人の主張は認められない。

次に、被告人と弁護人は、第二の背任事件について、「若林商事から借り入れた二〇〇万円は、判示のとおり定期預金にして、銀行から五〇〇万円の融資を受けようとしたもので、定期預金は当然右融資のため銀行に担保に入るので、これを二〇〇万円の借り入れ金の担保にするということではなかつた。それで、右借り入れ金の返済を完了するまでは、右定期預金を若林商事のために担保として確保すべき任務はなかつたし、また右定期預金を解約したのは、急に割引手形の買戻資金が必要となり、二、三日の短期資金に利用したあと、再び定期預金にもどす予定で行なつたものであるから、若林商事に害を加える目的はなかつた。」旨主張している。

しかし《証拠》を総合すると、判示のような経過と約束で二〇〇万円は若林商事から被告人に貸し付けられ、その返済があるまで(すなわち銀行から融資が実現するまで)若林商事側の右貸金の弁済を確保するために、二〇〇万円の定期預金証書は若林商事側に交付されたことが認められるから、これは法律的には右定期預金債権に質権を設定した場合(民法三六三条、三六四条一項)に当ると解すべきであり、第三債務者への通知またはその承諾は、第三者への対抗要件にすぎず、当事者間では右質権設定契約は預金証書の交付によつて効力を生じたものである。そうすると、銀行からの融資が実現する段階では、右預金証書はその担保として差し入れる必要が出てくるとしても、それまでは被告人は右契約にもとづき、若林商事の右質権を実効あらしめるため、右預金債権を担保として確保すべき義務があつたといわなければならない。そして、かように質権の効力に対応する義務に反して担保の目的たる権利を消滅させた場合は、いわゆる二重抵当の場合に、第一の抵当権者に対する関係で背任罪が成立するとされているのと類似すると考えられるし、実質的に見ても、当時被告人は若林商事に対し多大の債務を負担していて、本件二〇〇万円の借り入れについても他になんらの担保がなく、定期預金債権を担保とするならば貸してもよい、ということで、その借り入れをしていたもので、その担保を消滅させることは著しく背信性があつたと認められるから、被告人の右預金解約行為は単なる債務不履行に止らず、その違法性は刑法二四七条が予定している場合に達するものであつて、「他人のためその事務を処理する者」の、「その任務に背きたる行為」として責任を問われてしかるべきものであると認められる。

そして、本人に損害を加える目的があつた点については、前記のような状況下で担保たる定期預金債権を消滅させれば、若林商事が前記二〇〇万円の貸付金の担保を喪失することになり、右債権の回収が困難となつて損害を蒙るであろうことは見やすい道理であり、被告人もそのことは認識したうえで右解約行為をしたものと認められるから、(前記被告人の一月二六日付検察官に対する供述調査書参照)右加害の目的も十分にあつたと認めることができる。なお、解約しても二、三日でまた定期預金にもどすつもりであつたというのは、二、三日でもその間担保喪失の状態となることにちがいはなく、情状として考慮すべきことがらにすぎないと認められるが、被告人がそのように右預金を短期に原状回復できる経済状態にあつたとは、本件証拠上これを認めるにはとうてい不十分である。

以上のとおりであるから、被告人、弁護人の本件背任事件についての主張も、すべてこれに賛同することはできない。

(法令の適用)

事実に対する罰条

第一について、刑法二五三条、第二について、同法二四七条、罰金等臨時措置法三条(ただし、昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)(第二については、所定刑中懲役刑を選択する)

併合罪の加重

同法四五条前段、四七条本文、一〇条

(重い第一の業務上横領罪の刑に併合加重する)

訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(情状について)

被告人は、第一の業務上横領事件について、本多の権利証等を担保に入れたのは一〇日位の短期融資のためで、必ず取り戻すつもりだつたと弁解しているが、そのような短期に決済できる確実なあてはなかつたと認められるし、その後中央地建産業は倒産して右取り戻しはできないうえ、本多から預かつていた分割返済予定の本多名義の約束手形(合計金額八七九万円)まで街の金融業者に渡していたため、本多は右手形を取り戻すために右業者との交渉で譲歩せざるを得ず、遂に右権利証の取り戻しは断念し、当該土地は他人名義となつてしまつたほか、本多から追加担保として提供させた渋谷区神泉町所在の早水金次郎名義の家屋についても、同様に街の金融業者に担保に入れてしまつていたため、本多側では二三五万円も支払つてようやくその物件を取り戻した有様であり、被告人との示談により本多は一〇〇万円の支払いを得て一応我慢することになつてはいるが、本多の蒙つた損害、迷惑はとうてい十分に回復、慰謝されているとは認められないし、被告人がこの件について真に自己の非を認め、反省の情を示していることについては疑問がある。

次に、第二の背任事件については、若林商事との間で示談が成立しており、二〇〇万円を分割払いすることで、金銭的損害は一応回復される形となつているが、被告人はこの件について種々自己に都合のよいような弁解を述べ、若林商事側に対する背信行為について、真に反省、悔悟している態度が見受けられないのは遺憾である。

以上の諸点を考慮すると、被告人に前料のないこと、本件が被告人の主観においてはいずれも一時しのぎの窮余の策としてなされたもので、確定的に相手方に損害を与える意思はなかつたと見られることを考慮しても、実刑はやむを得ない事案であると考える。

(裁判官 和田保)

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